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【濁点2〜新人発掘計画〜】
発売記念インタビュー



――釈迦楽の名前の由来や、レゲエを始めるきっかけは?

S:Apache Indianの「Boom Shack-A-Lak」から文字りました。インドの言葉らしいんですけど、世界で知られている歌や言葉が漢字だったら、ジャマイカ人にもウケが良いかと思って。レゲエ聴き始めたのは中学2年くらいからです。

上野の高校に入学することになったタイミングで、上野ってどんなところか遊びに行った時にCASTLE RECORDS(=上野アメ横のレコード店)で「下町レゲエ」を買って。その時上野にもスタジオがあることを知り、高校入ってからスタジオ東和のアメブロのコメント欄に“自分もDeeJayやりたいです”って書き込んだのをきっかけにスタジオ東和に通い始めました。

それが2010年位。聴き始めた時にはもう歌いたいなって思ってました。



――MIGHTY CROWN主催の「SOUND CITY」にも10代の枠で出演していましたね。

B:J-REXXXが21歳の時に前作をリリースしたんだけど、年齢的にも当時のレックスと重なるものがあったので、釈迦楽が成人迎える前のタイミングで「『濁点2』やってみない?」って話をしました。

――本作の先行リリースとなった東西コンビネーション「Life We Live / 釈迦楽 & HEAD BAD」、HEAD BADとの初めての出会いは?



S:上野BAR ISLANDERSで開催してるダンスに武論尊さんが同い年のHEAD BADを大阪から呼んだのがきっかけ。17歳の時です。

――HEAD BADのその時の印象は?

S:しゃべりも歌も大阪の人だなぁと新鮮に感じたのと、「コイツ巧い」って意識したのは覚えています。次の年も上野に呼んだり、地方に呼んでもらった時に一緒になったり。ちょこちょこ連絡もとってたので、今作でコンビネーションお願いしました。

――東京、大阪間でのレコーディングはどのような形で?

S:HEAD BADが相模原のイベントに出演する機会を使って、一緒にスタジオ東和に入りました。本来前日の夜の到着予定だったんですけど、トラブルで当日の朝に到着だったので、武論尊さんは一旦仕事行って帰って来てからエンジニアしてもらって…いま考えるとすげーバタバタでした(笑)。

相模原への終電ギリギリでなんとかHEAD BADの録音だけは出来て、俺は後日改めて録音しました。

――収録曲それぞれのトラックや内容について、解説をお願いします。

S:西東京を拠点に活躍する貫太郎さんの「REAL」は自分の中にある本当の気持ちをストレートに歌ってるアツい曲。



KEN-GさんはROAD TO 横浜レゲエ祭2014に出場する為に東京来たタイミングで、武論尊さんが一緒に飲みに行った経緯から今回参加してくれることになりました。ちなみに、前作の『濁点1』も「下町レゲエ」も歌い始める前に聴いてたみたいで武論尊さんご満悦でした(笑)。



SHUN&GEMINI「Only My Life」は、GEMINIは今やってる仕事と音楽との葛藤を、SHUN君は今後レゲエに関わる上でこうなりたい目標を互いに綴ってます。



先行シングル「Life We Live」のほか、この4曲のリディムを中目黒にあるCUT45 STUDIOの竜聖君と作って、歌い手の皆さんには“ポジティブなことを歌って欲しい”というオーダーで制作して貰いました。

――なるほど。トラック・メーカーとしてSILENTKITTOも起用してますね。



S:SILENTKITTOは1歳年下なんですが、音楽一家で育っただけあって、音楽に対してストイック。KITTOには昔ながらのダンスホールをお願いしました。Beres HammondとBuju Bantonの曲みたいに、シンガーが歌ったあとDeeJayがズドン!と入ってくるシンガー × DeeJayの組み合わせでのいわゆる王道コンビネーションのイメージ構成で制作してもらいました。

――2曲目のDDT「諦める事を諦める」もSILENTKITTOのオケですね。

S:DDT(DRIBBLA, DANDIMITE, TAKKINAL-D)とは武論尊さんが仲良くて、3人とも広島の歌い手なんですが、同郷のたなけんさんの存在もあって、皆さん東和に来たこともあって。



B:僕、グループが好きなんですよね。J.T.Cも東和でやってたし、笑連隊、新宿三銃士とか(笑)。DRIBBLA君はROAD TO 横浜レゲエ祭も優勝している実力派だし、TAKKINAL-D君もベテランなんだけど、チームとしては新生なので。DRIBBLA君がよく東和に泊まりに来てくれたりするご縁もありつつ。

S:あとKITTO制作オケだと、NIKAIDOHさんとMOYA-Cさんの埼玉コンビ「Woman Deh Yah」はタイトルの通り女の子に向けて。



Fumioka FumioさんとTAITANGさんの「暗黙のルール」はダンスホールのマナーを守らない人に対してのメッセージ。“システムの上にドリンク置くな!”とか。



今回唯一のヒップホップのシンガー野武士さんと、Gacchiさんの「ひねくれもん」は、“世間の常識には合わせないぜ”って雰囲気の1曲です。





――オケにも振り幅があって面白いですね。3セグメントでの構成で、CUT45 STUDIO、SILENTKITTOときて?

S:最後はSUNNY SIDE RECORDSのリディムをお借りしました。HOME GROWNのSeijimanさんとCHANNEL LINKSのP@PIさん制作のリディムです。FALCONさん、GABBYさん、ACE MARKさんとブルドックソースに参加してもらってます。これもポジティブなイメージでありつつ、お洒落な雰囲気に仕上がったと思います。



――豪華ですね。FALCON、GABBY、ACE MARKの3人はリリースもしていて各地の次世代枠の代表だったりするけど、ブルドックソースは釈迦楽から見てどんな歌い手?

S:ブルドックソースは秋田出身の同じ歳の歌い手で、高校卒業のタイミングで上京してすぐに俺達が出演してるイベントに遊びに来てくれて仲良くなりました。今は近所に引っ越して来て、STRAY DOGGZ(=釈迦楽、2FACE、GEMINI、ブルドッグソースからなる4人組DeeJayクルー)のメンバーとして一緒に活動しています。今作では、上京したて当時の気持ちを歌って貰いました。

――がむしゃらな意気込みを感じますね。
ちなみにJ-REXXXは東京に上京して9年目になろうとしてるけど、変化は感じる?


J:うーん。当時はどんなに小箱で盛り上げ続けても、先輩に気に入られてる人がラバダブで優遇されてたりしてて、全然意味わからんわって思ってたかな。でも自信だけはあったから「いつかひっくり返してやろう」と渋谷とかでチャレンジしてたんだけど、若い奴に手を差しのべる人が今より少なかったな。

――それこそ、当時の若手アーティストに手を差し伸べたのがスタジオ東和だったと。

J:うん、リリースの話をくれたのはDr.ProductionのDr.Muneさんとか東和とか、HUNTER CHANCEがダブとってくれたりとかかな?

B:手を差し伸べたってより、皆が勝手に家に来てただけだけどね…(笑)。

J:その頃の渋谷の東京のイベントは、お客さんも入ってたし、レゲエも今より流行ってたけど、ラバダブの時間になると皆バーカン行っちゃうし、ダンサー中心で、日本人アーティストが平日の現場でかかることなんて今より少なかった気がするな。
「最近のDeeJayはジャマイカのレゲエを聴かない」なんて声もよく聞いてた。

でもそれは勘違いで、“ちゃんと自分の音楽感持ってやってる奴も沢山いるぞ!”って思ってたけど、最近はジャマイカのものやジャマイカのモノマネだけじゃなく、日本語のレゲエも良いってなってきて「レゲエとはこうだ!」みたいな変な固定概念が消えて柔らかくなったし、“自分達のレゲエを発信していこう”って前向きな雰囲気になってきた気がする。

みんなの努力で現場とアーティストがうまいことリンク出来てるからかな? まあ あくまで俺の目で見て思ったことだけど。

――最近では若いアーティスト達も早い段階で自ら曲を発信できるノウハウを身につけているしね。

J:だね。だから今の若い子には良い環境で、良い音楽を沢山作って欲しいし、関係者の方達はもっともっと若手に注目してあげて欲しい。お金になりそうになってからじゃなく。

そして年が近いサウンドマンには、パーティーでお酒振舞うのも大切なことだけど、正直お金無いなら、その酒を10杯我慢したら、ダブ録れるぜ!って思う。

まあクラブ・カルチャーだから難しいところだし俺も人のこと言えたタチじゃ無いけど(笑)。

東京のシーンは、歴史が古いし、レゲエだけじゃなく色んなジャンルがあって、良いとこだけ全部を吸収した巧い若手が沢山出てくるし、他所の土地から上京してきた俺みたいな奴を受け入れてくれる優しい人が沢山いるんだから、皆の思考を少し変えるだけで、シーンが今よりもっとでっかく素晴らしくなると思う。

やっぱり東京で動いてるからには東京のレゲエ・シーンをヒップホップや他のシーンみたくデカくしたい。

――そういった意味では、今回の『濁点2〜新人発掘計画〜』も若手の発掘に貢献してますね。

J:こういうCDや企画に皆がもっと協力してくれたらやばいことになりそう。

んで、イケてる若い皆は“売れたい”ってより“格好良くなりたい”って思考が強いから個人的には凄く良い傾向だと思う。

売れる楽曲も絶対に要るけど、今の日本のレゲエに必要なのは世代やジャンルを超えて、“格好良い”ってみんなが思える楽曲が増えること=格好良いジャパニーズ・レゲエが増えることだと思うからね。

今作のメンバーでも自分でレーベルやり始めたり、アルバム出したりする奴も多いし。前作より確実に更に良いモノになってるでしょ。

――J-REXXXが8年前、制作に携わった前作と何か違いがあるとすれば?

J:俺らの時は東和に機材も揃ってなかったから、今回の方が環境的に充実してて良いモノが作れていると思う反面、最近は歌うまい奴が無駄に声がデカめのTVトラック(=※ハモリ入りトラック。重厚感が増す)でライブしたり、色んな場所から色んな奴が集まるラバダブも少ない分、現場感や生き様みたいなものが薄れてる気がしてて。

今の若い子に“もっとダイレクトに生きろ”って言うのも変な話なんだけど、俺らの『濁点1』の頃の方が環境が整ってなかった分、ラガだったし人としての気合が入ってたとは思うよ。またなんかえらそうですまん(笑)。

――それを踏まえて、釈迦楽はどう?

S:それはあるかもしれないですね。「同じ箱に、同じ面子が集まって、同じ感じのラバダブしてる」って言われたりもします。

J:俺の中での本物のDeeJayとは、究極を言えば、売れてるだとか、ラガだとか、そんなんじゃなくて。〈誰も自分のことを知らない人達の前で盛り上げることが出来る歌い手〉のこと。でもそれって、現場での経験で身に付くアドリブ能力が無いと絶対出来ない。

――持ち歌を知らないわけですもんね。

J:レゲエを広めていく究極の方法はそれなんだと思う。

B:そう言えば、レックスは上京してきたばかりの頃、僕の知り合いの結婚式の2次会に来て。誰もレックスのことを知らない状況の中、凄い盛り上げてたね。

――全然知らない人の前で?

B:うん。勿論レックスのこと知らないし、レックスもその人達のこと知らない状況だった。あと、岡山でチェーンソー大会の前座とかやったんだよね?

J:47都道府県のチェーンソー・アーティストが、47本のチェーンソーを持って「ブォー」ってチェーンソー動かしてるところでライブした。何も聞こえなかったよ(笑)。

――修行ですね。そんな過酷な状況でJ-REXXXの不屈の精神が育まれたと。その懸命さは若い世代に伝えていきたいですね。

J:この「DeeJayなら絶ッ対に負けん!」って気持ちや信念をもってる奴が増えたらもっと面白くなりそう。俺の場合は怒りがパワーになるから。J-REXXXをいつかブッ潰す。って歌い手が、遠くじゃなく近い所から出てきて欲しい。猪突猛進な(笑)。

S:そうですね…。

B:この状況で「レックスのこと潰します」って言えないよね(笑)。

――話を戻して、関東では若手アーティスト中心のオムニバスCDってなかなか無いので、今作には期待したいですね。

B:最近は、配信ばかりでCD出ないじゃないですか?だからこそ僕はCDが作りたくて。レックスと一緒に作った『濁点〜新人発掘計画〜』は僕が生まれて初めて作ったCDだったんですけど、今回もやっぱりCDで形に残したいなぁと思って。時代には逆らっちゃうのかもしれないけどね。前作は2007年当時どうしようもないフリーターだった僕の名刺代わりだった。完成した時、嬉しすぎて泣いちゃったもんね(笑)。

J:知識もなかったし、コネクションもなかったし、手探りの状態。それが、逆境になって頑張れた。今となっちゃ、武論尊も皆に頼られてるけど、ただの貧乏人だったもんね(笑)。

――新作でも当時のような熱ごと伝えていけると良いですね。

J:これをきっかけに、次の大きなことに繋げてステップアップして欲しい。当時、宣伝やリリース・パーティーとか手探りでやってきたことを今は普通に出来る状態だから。

偉そうなこと言うわけじゃ無いけど、今の東京のアーティスト・シーンは小さいけど、アーティストみんなで頑張って面白いシーンを創ってきた自負があるから、だからこそ、そのシーンで育った釈迦楽や、若い歌い手の作品がヤバイのも当たり前。

S:レックスさんの言う通り、何も無いところから作ったというよりは、既に出来ている土台に自分が入っていった感覚は確かにある。

だからこそ、今あるものを自分達流に発展させていきたいです。

――鋭敏なアンテナと、洗練されていないが故の剥き出しの不器用な熱がここにはある。

荒削りな未熟性を感じる一方で、次なる新しい波が来るべき転換点となることを期待せずにはいられない。下町の畳のスタジオから飛び出したこの一枚のストーリーが、5年後、10年後 どんな発展を遂げているのか。そんなことを思いながら嬉々としてこれを書き上げたことを加筆しておこう。 


Text by Remy.


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