Freaksロゴ


【濁点2〜新人発掘計画〜】
発売記念インタビュー



2007年リリースの『濁点〜新人発掘計画〜』が8年ぶりに帰ってきた。

J.T.CのMIXアルバムのリリースなどが記憶に新しい、東京は上野の畳のレゲエ・スタジオスタジオ東和の処女作『濁点』シリーズ最新盤!

スタジオ東和の初期衝動が形となった前作には、J-REXXX、RUEED、MAD KOH、たなけん等、今や全国各地の現場を沸かすに欠かせない面々の楽曲が収録。
迎えた2015年、今作ではプロデューサーを J-REXXXから、期待のホープ 釈迦楽へバトンタッチし、スタジオ・オーナー武論尊(ブロンソン)が舵を取る。

『濁点2〜新人発掘計画〜 / V.A』北は北海道、南は九州まで、全国のアップカミング・アーティスト 計19名が参加。




――まずは前作の逸聞から触れていきたいと思います。『濁点〜新人発掘計画〜』は2007年の発売でしたが、当時のことって覚えてます?



J-REXXX(以下J):東京の半分以上が、俺らのこと馬鹿にしてたね。
「なんだよ燃え燃えCATCH A FIRE(=当時 秋葉原で開催されていたレギュラーダンス)って」って言って(笑)。
まあ確かに馬鹿にされてもおかしくない名前だけど(笑)。
でも当時は無知なぶん楽しかったよ。



――J-REXXXが上京してからどれくらい経過してたの?

武論尊(以下B):レックスが高校卒業した年だから、19歳で上京したのかな。 いや、高校一回ダブってるから、20歳で上京かな?

――今の補足、絶対いらないですよね(笑)。

J:いるいる(笑)。

B:2年目かな。レックス上京して1年目で、「RAGGA CUP(=Chappa Ranks主宰のDeeJayゴング・ショウ)」優勝してるんだよね。皆で応援しにいったの覚えてる。

――その頃のエピソードなどありましたら。

B:2007年の「SOUND GATE(=千葉幕張で行われたビッグ野外フェス)」に笑連隊が初出演した時に、レックスはたなけんと2人で観にいって、普段一緒にラバダブしている笑連隊の晴れ舞台を観ながら、嬉しさと悔しさが同時に込み上げてきて泣いたらしい(笑)。

J:それをたなけんが歌にしてたからね。

――笑連隊、J-REXXXは当時よく一緒のイベントに出演してたの?

J:遊びに行ってた池袋ONE BLOODの「ラバダブ道場」とか一緒だった。当時は何故か4×4(笑連隊)さんが俺に厳しくて、「今から遊びに来て」って言われて一緒に飯食べたりしてたら突然「よし、帰れ」って言われて、帰らされたり(笑)。

――意外ですね(笑)。ちなみに、当時はどこで歌うことが多かった?

J:当時、渋谷のCAMELOTでスタートしたばっかりだった「ROCKERS PARADISE」や、新宿GARAMでDr.Productionが主催していた「Dancehall Planet」、秋葉原の「燃え燃えCATCH A FIRE」、浦和Baseの「憩い」、六本木ZIONとか。「ROCKERS PARADISE」に初めて行った時は圧倒されてマイク握れなかったんだよな。

――8年前のシリーズ第1弾に入ってるメンバーだと、たなけんとはどのタイミングで知り合ったの?

J:西麻布のクラブが初対面。最初の印象は“30歳くらいの脱サラしたサラリーマンが歌ってる”って感じだったんだけど、1歳しか年齢変わらなくて。当時は真面目な歌ばかり歌っててつまらない奴だったよ(笑)。

そこから、次に会ったのは池袋ONE BLOODの「ラバダブ道場」。その頃 Bennie Manの「Come Again」が流行っててラバダブの最中に、そのままのフロウで名曲「たなけん」が生まれたんだよね。俺はその瞬間に立ち会った(笑)。

――当時どの位のペースでラバダブに足を運んでいたの?

J:週5くらいかな。

――凄! 武論尊率いるスタジオ東和に通い始めたきっかけは?

J:この人、初対面で頭叩いてきたからね!

B:音に合わせて踊ってたつもりだったんだけど、上手く踊れて無かったのか、馬鹿にして真似して踊ってくる奴がいるから、馬鹿にしやがって!ってね(笑)。

頭はたいた相手がたまたまレックス。

――到底仲良くなれなさそうな出会い(笑)。

B:その日のイベントに出演してたサウンドがダブを録音したいアーティストがいるってことで、イベント終わりにそのままうち(スタジオ東和)にレックスを連れてきて。お互い“お前かっ!”みたいな感じで録音したなぁ。それから何故か2、3日家に泊まっていったね。

――その時既にスタジオとしての動きをスタートさせていたんですね。そこから処女作をリリースするまでに至るには?

B:録音機材があっただけで、スタジオって言えるほどのもんじゃなかったです。だけど、レックスやKOHGOが毎日録音しに来るもんだから、機材を着々と揃えて。そんな最中、何気なく当時ヒットしてたコンピレーションCDをレックスと聴いていた時に「俺、現場じゃこの人達よりボスってるのになんでCDに入れないんだ!」って怒るもんだからさ(笑)。

“それなら自分で出せばいいじゃん”ってことで、CD作るにはどのくらい値段かかるのか調べたらなんとか捻出できそうな額だったから作っちゃった。

――収録ラインナップの人選はどのように?

B:僕は全国に知り合いが全然居なかったから、レックスに紹介してもらいつつ。

J:一人だけ武論尊の推薦で “円谷ポロ”。

B:ごめんなさい。

――『濁点〜新人発掘計画〜』に収録されてる「明日の為にまた打ち込め」も今と比べると大分声が違いますよね。当時の作品って今改めて聴くと恥ずかしかったりする?

J:すげー恥ずかしいね(笑)。

B:「明日の為にまた打ち込め」はレックスの魂の叫びだよね。

J:“なんで売れたらシステム運びしなくて良いんだ?意味解らんわ!“って気持ちとか、その時の全部を込めて作りました。

B:今からでも遅くないので買って下さい。

J:そういえば、リリース・パーティーは昔の渋谷GAMEだったね。まだ宮益坂にあった頃の。音斬草も岐阜から来てくれたり。

B:レックスがそのリリパのMCで言った言葉が面白くて、「2007年一番イケてるリディムはCHANNEL LINKSのCROCODILEですが2番目はこれだ!」って(笑)。

――三味線のCome Downリディムですよね。

B:IMPERIALってサウンドに有名な三味線奏者がいまして。三味線の側ら趣味でサウンドやってたような人なんだけど、彼に三味線引いてもらって。畳の上で録音しました。

――当時のスタジオ東和といえば、2008年にMIX CD「下町レゲエ」をリリースしていましたよね。タワレコ渋谷店のウィークリー・チャートで1位になったらしいと噂の。



B:なんかごめんなさい(笑)。

上野野外音楽堂でリリース・イベントもしたんです。 入場料1,000円で雨天決行。前売券も発券しなかったので、未だに馬鹿にされます。

――あの規模で! 1,500人集客と大入り満員だった記憶が。

J:それなのにイベント保険も入ってないし(笑)。

B:そんな存在知らなかったからね。晴れたから結果オーライでしょ。 そういえば、導楽君のおじいちゃんが近くに住んでたらしくて観に来てくれたんだけど、レックスが気遣ってずっと隣に付いててくれてたよね。

――導楽くんのブログにもそのエピソードが綴ってありました。

釈迦楽(以下S):まさにその「下町レゲエ」の会場で、貫太郎さんとGACCHIさんは、前作の『濁点1』を買ったみたいです。今回GACCHIさんにお話した時「スタジオ東和と一緒にコンピCDを作ってる」とだけ伝えていて、タイトルまで伝えてなかったんですけど、もう少しで録音終わるってタイミングで雑談している時に、今回の音源は『濁点2』に収録する旨伝えたら、「何で言ってくれないんだよ!」って。



――収録アーティスト皆にとっても思い入れのあるCDの2作目なんだって実感しますね。8年ぶりに帰ってくる『濁点2〜新人発掘計画〜』のリリースを控えていますが、どのような経緯でプロジェクトはスタートしたのですか?

B:今からちょうど一年くらい前にスタジオ東和内で「また『濁点』みたいな若手のコンピレーション作りたいね」なんて話はあがってた。若さのアドバンテージもありつつ、釈迦楽の知名度が少しずつ上がってきている時期だったかな。

次へ